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私が約3年間、退職代行で相談を受けてきた中で強く感じたのは、あまりにも多くの人が「自分は退職できない」と思い込んでいるということでした。
ここでいうバイアスとは、偏見や先入観のことです。人間なら誰でも影響を受けています。良い方向に働くこともありますが、マイナスに働いているケースも多い。
この記事は2部構成です。
- 辞められない側のバイアス — 辞めたいのに動けない人が引っかかっているもの
- 焦って辞める側のバイアス — 一度立ち止まったほうがいい人が引っかかっているもの
どちらも「判断できない状態」を作ります。辞めるかどうかを判断する前に、自分が判断できる状態にあるかを確認してください。
コミットメントと一貫性の法則
一度、思考や行動したことに矛盾しない行動を、その後も行いやすいというバイアスです。
友人同士の会話。「明日暇?」「うん、暇だけど」「なら映画見に行こうよ」「(正直面倒だけど、暇って言ってしまったからな……いいよ)」
一度言ってしまったので、その後の誘いを断りにくくなります。
退職において: 1ヶ月ほど前に上司に退職を相談してみた。すぐに面談の場が設けられ、上司の意見に納得したので1年間は続けると決心した。でもやっぱり今月いっぱいで退職したい……。一度辞めないと言ってしまった手前、退職できない。
あるあるですね。言い出せたとしても「面談の時は1年間続けるって言ったじゃないか」と言われてしまう。
根っこにあるのは「嘘をついてはいけない」という思い込み
「一度言ったことは守らないといけない」「嘘つきになってしまう」——責任感の強い人ほど、こう感じることが多い気がします。
例を一つ。
理系の大学4年生A君。去年の11月からコンビニでアルバイトを始め、面接で「1年間は勤務します」と店長に伝えました(雇用契約は1ヶ月ごとの更新)。最近、研究室の活動が忙しくなり辞めることを考えています。
A君「店長、大学の研究が忙しくなってしまい、来月いっぱいで辞めたいんですけど」
店長「A君、それはダメだよ。アルバイトに入るとき1年間は働けるって言ったじゃん。だから採用したんだよ。自分で言ったことはしっかり守りなさい」
A君「(確かに、自分でした約束だからな……)」
はっきり言います。自分で言ったから守らなければならない、なんてことはありません。
クーリングオフ制度も「一度は購入に同意したけれど、冷静になったらやっぱり要らない」という時のための制度ですよね。
確かに、破ったら困る約束は存在します。人の信頼を失う、損害賠償を請求される、詐欺になる、人をひどく傷つける。だからその約束を破った結果として何が起こるかを予測する必要はあります。
でもね。コンビニのアルバイトを辞めて、そんなに大変な問題が起きますかね。
こんなことで退職を悩んでいる人が、本当にたくさんいました。
一貫性を保つこと自体は便利です。ダイエットにコミットして一貫性を保てれば、美味しそうなチョコレート屋の前を通っても無視できます。しかし、どうでもいいことにまで強く働いてしまうと、自分を苦しめるだけです。
打開策その1:『JOJO』の岸辺露伴に学べ
出典:『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』
「だが断る」
原作では「自分のことを強いと思っている奴にNOと断ること」としての発言ですが、このワードは一貫性を断ち切るときにも非常に強力です。
「社長、来月末で仕事を辞めたいのですが」
「タケシく〜ん。こないだの面談でもう1年は続けるって言ったよね?」
「確かに言いました」
「自分で言ったことは守ろうね。嘘つきになっちゃうよ」
「そうですね。確かに嘘をつくのは悪いことですね」
「それに来年になったら給料も上げるって言ったでしょ。もう1年だけ頑張ろうよ」
「確かに給料を上げてもらえるのは非常にありがたいです。社長には普段も可愛がっていただき、とても嬉しいです」
「だが断る!」
打開策その2:小島よしおに学べ
代表ギャグ「そんなの関係ねぇ」。同じ場面で。
「確かに給料を上げてもらえるのは非常にありがたいです。社長には普段も可愛がっていただき、とても嬉しいです」
「でもそんなの関係ねぇ」「でもそんなの関係ねぇ」
「はい、オッパッピー(Ocean Pacific Taishoku)」
事実と意見と願望を、ごちゃまぜにしてしまう
これは正確にはバイアスというより思考の癖ですが、退職できない人に一番よく見られた特徴です。
友人に「お前はバカ」と言われた。私はバカなんだ——これは友人の「意見」ですよね。そう言われたから自分がバカとは限りません。少なくとも、友達の発言=この世の真実ではない。
簡単な例では誰も引っかかりません。しかし退職の場面になると、途端に引っかかります。
パターン1:上司の発言=この世の真実になっている
A君「上司、来月いっぱいで退職させていただきたいのですが」
上司「来月いっぱいかー、ちょっと厳しいな。今人手不足だし、新しい人が来てからもちゃんと引き継いでもらわなきゃ。だから退職は半年くらいはできないな」
A君「そうですか。はい、わかりました」(人手不足か……今は退職できないんだなあ)
ちょっと待った。
こういう相談は本当に多かったです。そもそもこの上司、人事担当者ですらないパターンがほとんどです。
上司が言った「退職できない」は、あくまで上司の願望です。 退職が可能か不可能かで言えば、可能です。
パターン2:「会社から退職できないと言われたから退職できない」
雇用期間の定めがある人が期間満了前に、という話なら会社の言い分も分かります。しかし正社員やアルバイトなど期間の定めのない雇用で、特に理由もなく「1年は退職できない」、あるいは「人手不足だから」と言われた場合——退職できます。
会社は神様ですか。会社の言うことはこの世の真理ですか。会社の言う「退職できない」は、要するに「今辞められると困るから辞めないでほしい」という願望です。退職するかどうかの決定権はあなたにあります。
期間の定めのない雇用契約であれば、退職の申入れから2週間の経過によって契約は終了するとされています(民法627条1項)。※有期雇用や公務員は手続きが異なります。→よくある退職の引き留め方と対処法
「親から反対されるから退職できない」
これは母体の5選には無い論点ですが、相談で本当に多かったので独立させます。
未成年ならまだ分かりますが、20代・30代で親から反対されているから退職できないという人は、正直かなり危うい。親離れ・子離れができていないのだと思います。
「退職したら経済的に暮らしていけないから親の支援を受けることになる」なら100歩譲って分かりますが、転職も雇用保険もあります。自分の生活費を自分でまかなえるのであれば、何も問題はないのではないでしょうか。
「石の上にも三年」ということわざのとおり、とりあえず3年続けろと言ってくる人もいます。その「3年」はどこから来たのでしょうか。
「まだ退職しないほうがいいんじゃない?」という親の言葉は、あくまで"アドバイス"くらいに留めておくべきでしょう。実際に仕事をしているのは親ではなく、あなたです。
新卒で早期退職する場合は特に親の反対にあいやすいです。転職先が決まっていれば納得してもらえることが多いので、順番を工夫してみてください。→新卒だけど退職したい!
「自分が辞めたら業務が回らなくなる」
あなたはその会社の経営者ですか。
一労働者が自分の人生を犠牲にしてまでここまで気を回している。なんという忠誠心でしょう。
これは自分の課題と他人の課題を分離できていないことが原因かと思います。陥っている人は一度『嫌われる勇気』を読んでみてください。
1人辞めたら業務が回らなくなるなんて、あなたがよほどの天才か、会社の業務管理ができていないかです。99%後者です。
「自分が退職すると他の人に迷惑がかかる、挙げ句の果てには恨まれる」という人もいますが、もはや被害妄想ではないでしょうか。一時的に負担がいく可能性はありますが、それで残った人が退職者を恨むというのは、怒りの矛先が完全に間違っています。そもそも退職したら関係なくないですか。
現状維持バイアス
変化によって得られるリターンより、それによって失うもの(リスク)を過大に評価してしまうバイアスです。
例:スマホの通信料金 — プランを見直したり会社を変えたほうが月々数千円安くなるのに、ずっと同じプランのまま使い続けている。
退職において: 今の会社より他の会社のほうが明らかに良いのに、転職活動もせずダラダラと続けてしまっている。
確かに環境の変化はストレスになりますし、先の見えない将来は不安です。転職活動も面倒でしょう。しかし、そのストレスや不安を過剰に感じすぎてはいませんか。
対策: 現状を変えた場合と変えない場合のメリット・デメリットを紙に書き出す。 頭の中だけで考えず、給料や休日日数を具体的に書き出して比較してみましょう。
正常性バイアス × 多数派同調バイアス
この2つは組み合わさって発動することが非常に多いので、一緒に紹介します。
正常性バイアス — 自分にとって悪い情報、害のある情報を無視したり過小評価してしまう。異常事態なのに正常だと思い込んでしまうことです。
多数派同調バイアス — 行動に迷った時、とりあえず周囲に合わせようとする。みんなと同じにしておけば間違いないと考えてしまう。赤信号みんなで渡れば怖くない理論です。
災害心理学の分野では、この2つが避難行動を遅らせる要因として繰り返し指摘されてきました。異常な事態が起きているのに「大丈夫だろう」と考え、周りが動いていないのを見て「あの人も動かないから大丈夫なんだろう」と判断してしまう。これは特定の誰かが弱いという話ではなく、人間の認知に共通する仕組みです。
退職において: ブラック企業で、周りもサービス残業しているから自分もしなきゃ(多数派同調バイアス)。最近怒鳴られたり暴力をふるわれることも多いけど、怪我をする程度でもないし大丈夫だろう(正常性バイアス)。外部から見れば明らかにヤバい状況でも、それに気づけなくなります。
対策:社外の第三者に相談する。 社内の人に相談すると、その人自身も同じバイアスにかかっている可能性が高いです。
コンコルド効果(サンクコスト効果)
時間や金銭的なコストをかけたものを、実際の価値より高く見積もってしまうバイアスです。 お金や時間、労力を費やしたので、ここで止めるともったいないと思い、損切りができなくなります。
- ギャンブル — すでに10万円負けてるから、そろそろ出るはずだ
- 恋愛 — この人のためにお金も時間も注ぎ込んできた。不満はあるが今さら別れられない
- 食べ放題 — 元をとらなきゃと思い、つい食べすぎて苦しい
退職において: 就活に苦労した人は、このバイアスにかかっていることが多いのではないでしょうか。落ちまくって、やっと決まった会社。感謝しかない——バイアスMAXの可能性もあります。 仮にその会社が超ブラックでも「せっかく雇ってもらったんだから頑張らなきゃ」となります。
長年勤めた会社で「この会社に人生の全てを捧げてきた」というタイプも同じです。本心では他にチャレンジしたいことがあるのに、このバイアスが足かせになっている可能性があります。
対策: 過去の努力や費やしたコストは一旦忘れて、現状を0として考えましょう。
第2部:焦って辞める側のバイアス
ここからは逆です。退職はちょっと待って、一度落ち着いて考えようという立場から3つ紹介します。
持続性バイアス
今の感情がずっと続くと思い込む。今の感情を過大に見積もってしまう。
恋人にふられた直後。「人生絶望、この人以上に最高の人なんていない」。しかし時が経てば新しい恋人ができて、過去の辛さが薄れることもありますよね。
会社においては: 自分のミスで上司に怒られた。最悪だ、俺ってなんてダメな人間なんだ——という日は誰にでもあります。その一時の感情で退職してしまうと、冷静になったときに困ります。
対策: 一時的な感情で決断しないこと。特に仕事終わりの疲れ切った夜に考えごとをすると、冷静な判断ができないことが多いです。とりあえず紙に感情のおもむくまま書き殴って、翌朝や休みの日に改めて考えてみましょう。
自己奉仕バイアス
成功は自分のおかげ、失敗は他人や環境のせいと考えすぎてしまう。
自動車同士の事故では、実際にはお互いの過失が5:5でも、双方が「相手のほうが悪い」と思うことが多いそうです。自分の過失は小さめに、相手の過失は大きめに見積もる。
会社においては、転職が異様に多い人。 失敗は会社など環境のせいだと考え、自分のスキルを高めようとせず転々としてしまうパターンです。環境を変えてうまくいくケースも多いですが、自分自身も改善したほうがより良いでしょう。
関連してダニング=クルーガー効果というものもあり、能力が低い人ほど自分を過大評価してしまうと言われます。
対策: どんなに周りのせいだと思っても、それとは別に自分に改善できる点はなかったかを考え、次に生かしましょう。環境を変えることと自分を変えることは両立できます。
確証バイアス
事実を事実として評価するのではなく、自分の思い込みや予想に合う情報だけを抜き出してしまう。
「O型の人は大雑把」と昔から言われます。確証バイアスが働くと、大雑把でない人に対してもO型というだけで大雑把な部分だけが注目され、「やっぱりO型は大雑把」となる。厄年に悪いことが起こるのも同じからくりでしょう。
会社においては: なんとなく苦手な上司がいる。そういえば顔が以前のブラック企業の社長に似ている——すると、的を射たただの指導がパワハラのように感じられてしまう(実際に嫌なやつである可能性もありますが)。
転職を検討する際も、今の会社が絶対悪・転職が善だと思い込んでいると、転職した場合のデメリットを見逃します。
対策:反対意見を常に探す。 苦手な上司の良い部分にも目を向けてみる。転職した場合のデメリットも探し出してみましょう。
まとめ
辞められない側のバイアス
- コミットメントと一貫性の法則 — 一度言ったことを守ろうとしすぎる
- 事実と意見と願望の混同 — 上司の願望を真実だと思ってしまう
- 親の反対 / 業務が回らない — 他人の課題を自分の課題にしている
- 現状維持バイアス — 現状を維持しようとしすぎる
- 正常性バイアス × 多数派同調バイアス — 異常を正常だと思い、周りに合わせすぎる
- コンコルド効果 — かけたコストを惜しみすぎる
焦って辞める側のバイアス
- 持続性バイアス — 一時の感情がずっと続くように感じる
- 自己奉仕バイアス — 失敗を全部他人のせいにする
- 確証バイアス — 都合の良い情報だけを抜き出す
バイアスは使い方次第で良いほうにも悪いほうにも転びます。一貫性がなければダイエットも禁煙もできませんし、正常性バイアスがなければ常にパニックです。多数に同調することで得られるメリットもたくさんあります。
完全に脱出するのは困難ですが、人間にはもともとこういう傾向があると知るだけでも効果があると言われています。 また、自分では気づきにくいので、他の人に相談してみるのも一つの手段です。
紙に書き出して定量的に比較する。第三者に相談する。この2つが実践しやすい対策です。
参考にした書籍
- 『予想通りに不合理』
- 『ファスト&スロー』(上・下)
- 『影響力の武器』
- 『直感力』
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